多賀城政庁跡 1995年9月
RICOH R-1

鎌倉時代の終焉、建武中興において、公家の北畠顕家が鎮守府将軍に任命されて赴任している。
建武=後醍醐帝の世は時代に逆行した政権とわいえ、その時この地に連綿と建造物が残っていたのだろうか?
しかし彼は代官ではなく自らが赴任し、奥州の兵を率いてここから足利尊氏との戦いに西上した。
芭蕉が訪れた300年後の17世紀にはこの地は只の丘として埋もれていたのは間違いなく、
宮城野の中心地はすでに伊達正宗の造った仙台にあった。